ご相談のきっかけ
横浜市青葉区にお住まいのF様(60代女性)は、90歳のお母様、そしてF様のご主人と3人で同居されています。ご相談のきっかけは、お母様がかつて住んでいた家が空き家になっており、これを売りたいというお話でした。
お母様は判断能力こそまだしっかりされているものの、少し物忘れが出てきており、体も弱ってきています。「このまま母の判断力が落ちたら、家が売れなくなったり、口座が使えなくなるのでは」という不安が、F様の心に重くのしかかっていました。
ご自身で調べるうちに「家族信託」という言葉にたどり着いたものの、本当に自分たちのケースに合うのか、何から手をつければいいのかが分からず、専門家に相談しようと考えるようになったそうです。
状況の整理(タイムライン)
まずはご家族の状況を丁寧に整理しました。実家の名義はお母様、F様(長女)、二女様の3名の共有名義でした。その後、独身でお子様のいなかった二女様が病気で亡くなられていました。
老朽化した建物は解体して更地にしてから売りに出す方向で不動産会社と話が進んでおり、売却の準備と、相続登記を並行して進める必要がある状況でした。
当事務所の対応
はじめに私たちがお伝えしたのは、「まずは売却に進むための前提を整える必要がある」ということでした。
今回の土地は、お母様・F様・二女様の共有名義となっていましたが、すでに亡くなられている二女様の持分4分の1について、相続登記が済んでいない状態でした。このままでは売却手続きを進めることができないため、まずは二女様の持分について相続登記を行う必要があります。
二女様は独身でお子様もいらっしゃらなかったため、相続人はお母様お一人と考えられました。相続関係が比較的シンプルで、相続人を確定しやすいことは、その後の手続きをスムーズに進めるうえでも大きなポイントです。そこで、まず二女様の持分の相続登記を進める方針をご提案しました。
そのうえで次に検討したのが、F様が最も心配されていた「お母様の認知症によって不動産や財産が動かせなくなるリスク」への備えです。
この点については、一つの方法に絞ってご案内するのではなく、いくつかの選択肢を挙げ、それぞれのメリットや適しているケースを整理しながらご説明しました。
たとえば家族信託は、お母様が契約内容を十分に理解できる状態にあり、なおかつ不動産の売却が長期化する可能性がある場合には、有力な選択肢となります。あらかじめご家族を受託者として財産管理を任せておくことで、将来お母様の判断能力が低下した場合でも、受託者の判断で売却手続きを進めることができるためです。
一方、比較的短期間で売却できる見込みが高いのであれば、先に売却を完了させ、その後の預金管理については金融機関の代理人予約サービスなどを活用する方法も考えられます。
また、将来への備えとして任意後見契約をあわせて検討する方法もご案内しました。ただし、任意後見契約は公正証書で作成する必要があり、一定の日数を要します。そのため、できるだけ早く対策を進めたいケースでは、必ずしも適した方法とは限らないこともあわせてお伝えしました。
私たちは、「とにかく費用を安くすること」を一番の価値としている事務所ではありません。その代わり、考えられる選択肢とそれぞれのリスクをきちんと整理し、ご本人とご家族に十分ご理解・ご納得いただいたうえで、方針を決めていただくことを大切にしています。
今回は、推定相続人がお一人で、比較的速やかに契約手続きを進められる状況にあったこと、また、不動産の売却が長期化する可能性も考えられたことから、公正証書による契約よりもスピーディーに進めやすい、私文書による家族信託契約を締結する方針となりました。
最終的には、二女様の持分について相続登記を行うとともに、お母様を委託者、F様を受託者とする家族信託契約を組み合わせることになりました。
こうして、現在の名義関係を整理するための「相続登記」と、将来の認知症による財産凍結に備えるための「家族信託」を一つの流れとして進めることで、不動産を安心して売却できる体制を整えていきました。
結果
二女様の土地持分について相続登記を完了し、まずは売却に必要な名義関係を整えました。そのうえで、お母様を委託者、F様を受託者とする家族信託契約を締結することができました。
これにより、将来お母様の判断能力が低下した場合でも、受託者であるF様の判断で不動産の売却手続きを進められる体制が整いました。
また、口座が凍結してしまうことや、不動産を売却したくても手続きを進められなくなるといった将来の不安に対して、お母様の判断能力がしっかりしているうちに備えることができたことも、大きな安心につながりました。
一連の手続きを終えたF様からは、「これで母と落ち着いて暮らせます」とのお言葉をいただき、今後の生活に対する不安もひとつ軽くなったご様子でした。
担当者からのひとこと
家族信託は、「まだ少し早いのでは」と感じるくらいのタイミングで検討を始めることが、実はとても大切です。というのも、家族信託はご本人の判断能力がしっかりしているうちだからこそ選択できる方法だからです。
今回のように、過去の相続登記が未了のまま残っており、そこに将来の認知症対策や不動産売却が関係しているケースでは、手続きを進める順番も重要になります。状況によっては、適切な準備をしないまま進めることで、途中で手続きが止まってしまうこともあります。
当事務所では、現在の状況を一つひとつ整理したうえで、考えられる選択肢とそれぞれのリスクをわかりやすくお伝えし、ご本人とご家族が納得して進められる方法を一緒に考えていきます。
手続きが終わったあとに、「これで安心して母と穏やかに過ごせます」とお話しいただけたことは、私たちにとっても大変嬉しいことでした。これからの生活を安心して送っていただけるよう、最後まで責任をもってサポートしてまいります。