[遺言・後見・家族信託]
認知症になると遺言や家族信託はできない?「判断能力」の基準を司法書士が解説
- 投稿:2026年09月16日
「認知症と診断されたら、もう遺言や家族信託はできない」と思っていませんか。実際には、認知症という診断だけで一律に手続きができなくなるわけではなく、本人がその手続きの内容や結果を理解できているかが重要です。本記事では、遺言、生前贈与、不動産売却、家族信託、任意後見など、それぞれの手続きで必要となる判断能力の考え方や注意点について、司法書士が分かりやすく解説します。
※動画でも解説していますので是非ご覧ください。チャンネル登録もよろしくお願いします!!
「認知症と診断されたら、もう遺言書は作れないのでしょうか?」
「普通に会話はできていますが、家族信託はできますか?」
「認知症の検査で何点以上なら、不動産を売却できますか?」
相続や認知症対策のご相談を受けていると、このような質問をよくいただきます。
特に、親御さんが高齢になり、物忘れが増えてきたことをきっかけに、
「そろそろ財産管理について考えた方がいいのではないか」
「認知症になったら自宅を売れなくなると聞いて心配になった」
「元気なうちに家族信託をしておきたい」
と考えるご家族は少なくありません。
まず知っていただきたいのは、認知症と診断されたからといって、直ちに遺言や契約などが一切できなくなるわけではないということです。
一方で、普通に会話ができているからといって、必ず遺言や家族信託、不動産売却ができるとも限りません。
重要なのは病名だけではなく、本人が「何をしようとしているのか」「その結果どうなるのか」を理解できているかです。
そして、必要となる判断能力の程度は、遺言、生前贈与、不動産売却、家族信託など、行おうとしている手続きによっても変わります。
今回は、認知症と判断能力の関係や、各手続きでどのような点が確認されるのかを、できるだけ分かりやすく解説します。
「判断能力がある・ない」は単純な二択ではありません
判断能力というと、
「この人には判断能力がある」
「この人には判断能力がない」
というように、白黒はっきり分かれるものだと思われがちです。
しかし、実際にはそれほど単純ではありません。
大切なのは、その人が、その時点で、これから行おうとしている手続きの内容を理解できるかどうかです。
例えば、コンビニで自分で買い物ができる人であっても、
「自宅を子どもに生前贈与し、今後は自分の財産ではなくなる」
という契約までは十分に理解できない可能性があります。
また、
「自分の預金を息子に管理してもらいたい」
という希望は理解できても、財産の名義や管理権限、本人が亡くなった後の財産の行き先まで定める複雑な家族信託契約を理解することは難しい場合があります。
つまり、同じ人であっても、
ある手続きはできても、別の手続きは難しい
ということが十分にあり得るのです。
判断能力を確認する際には、一般的に次のような点が重要になります。
・何の手続きをしようとしているのか理解しているか
・対象となる財産を把握しているか
・誰に財産を渡したり、管理を任せたりするのか理解しているか
・手続きをするとどのような結果になるのか理解しているか
・自分の考えを自分の言葉で説明できるか
・家族などに言われるままではなく、自分自身の意思で決めているか
特に最後の「本人自身の意思か」という点は、とても重要です。
親御さんのためを思って家族が話を進めていても、法律上の契約をするのはあくまでご本人です。
家族が内容を理解していることと、本人が理解していることは別の問題です。
「認知症の診断」と「法律上の判断能力」は同じではありません
ここも非常に誤解されやすいところです。
認知症は、医師が行う医学上の診断です。
一方で、遺言や契約をすることができるかは、法律上の判断能力の問題です。
もちろん両者には関係があります。
認知症が進行すれば、契約内容を理解することが難しくなる可能性は高くなります。
しかし、
「認知症と診断された=すべての契約ができない」
という単純な関係ではありません。
例えば、認知症の初期段階で、
・会話が問題なく成立している
・家族関係を理解している
・自分が持っている財産をおおむね把握している
・なぜその手続きをしたいのか説明できる
・誰に何を渡したいのか理解している
という状態であれば、手続きができる可能性があります。
反対に、認知症と診断されていなくても注意が必要な場合があります。
例えば、長期入院の直後で意識が不安定になっていたり、薬の影響を受けていたり、脳梗塞などの直後だったりするケースです。
また、日によって本人の状態が大きく変わる方もいらっしゃいます。
昨日はしっかり理解できていたのに、今日は話がかみ合わないということもあり得ます。
そのため、病名だけで判断するのではなく、実際に手続きをする時点での本人の状態を見ることが重要になります。
遺言書を作るために必要な判断能力
遺言を作成する場合、少なくとも本人が次のようなことを理解している必要があります。
・自分にはどのような財産があるのか
・誰が相続人になるのか
・誰に、何を相続させたいのか
・遺言によって誰が財産を取得し、誰が取得しないことになるのか
・なぜその内容の遺言を作りたいのか
ただし、遺言の内容によって必要となる理解の程度も変わります。
例えば、
「自宅を妻に相続させたい」
という比較的シンプルな遺言と、
「不動産は長男、預金の一部は長女、株式は二男に相続させ、さらに一定の条件を付ける」
という複雑な遺言では、理解しなければならない内容が違います。
法律上、遺言は一定の年齢に達していれば作成できる制度となっていますが、それと実際に遺言内容を理解できているかは別の問題です。
また、公正証書遺言にしたからといって、後から遺言能力について絶対に争われないというわけでもありません。
実務上は、
「なぜこの人に財産を渡したいのですか?」
「どのような財産をお持ちですか?」
といった質問に対して、ご本人が自分の言葉で説明できるかどうかも重要になります。
生前贈与では「財産を失うこと」の理解が重要
生前贈与の場合には、
・どの財産を渡すのか
・誰に渡すのか
・無償で財産を渡す契約であること
・贈与後は原則として自分の財産ではなくなること
・自分の生活資金が減る可能性があること
・他の家族や将来の相続に影響する可能性があること
などを理解する必要があります。
特に慎重な確認が必要になるのが、
「自宅を子どもに贈与する」
「預金の大部分を一人の子どもに贈与する」
といったケースです。
例えば本人に、
「息子さんにこの家をあげてもいいですか?」
と質問して、
「はい」
と答えたからといって、それだけで十分とは限りません。
自宅を贈与すれば所有権を失うこと、その後の生活にどのような影響があるのかなども含めて理解している必要があります。
本人にとって不利益の大きい契約ほど、より慎重な確認が求められます。
不動産を売却するときは何を理解している必要がある?
高齢の親御さんが所有する自宅や収益不動産を売却する場面でも、判断能力は非常に重要です。
司法書士は、不動産売買に伴う所有権移転登記を行う際、売主本人の意思確認を行います。
その際には、例えば、
・どの不動産を売るのか
・誰に売るのか
・いくらで売るのか
・売ればその不動産の所有権を失うこと
・自宅の場合、売却後は住み続けられなくなる可能性があること
・売却代金をどのように扱うのか
といったことを本人が理解しているかがポイントになります。
ここでよくある誤解があります。
名前や住所、生年月日を答えられるから、不動産を売却できるとは限りません。
もちろん本人確認の一環として名前や住所などを確認することはあります。
しかし、それだけで判断能力があると判断するわけではありません。
重要なのは、
「自分の不動産を、誰に、いくらで売るのか」
という売買契約の中心部分を理解していることです。
日常会話が成立することと、不動産売買という大きな契約を理解できることは別なのです。
家族信託は比較的高い理解力が求められます
認知症対策として近年利用が増えているのが家族信託です。
家族信託では、例えば親が所有している不動産や預金について、子どもなどの信頼できる家族に管理を任せます。
ただし、家族信託は仕組みが少し複雑です。
本人には、
・どの財産を信託するのか
・誰に財産管理を任せるのか
・財産を管理する人にどのような権限を与えるのか
・不動産については登記名義が受託者に変わること
・財産から利益を受ける人は誰なのか
・自分が亡くなった後、信託した財産をどうするのか
・いつ、どのような場合に信託を終了するのか
など、契約の重要な部分を理解してもらう必要があります。
もちろん、法律の専門家のように信託契約書を一字一句説明できる必要はありません。
一般の方にそこまでの理解を求めるものではありません。
しかし、
「息子に財産を任せたい」
ということだけ理解していれば十分というわけでもありません。
財産管理を任せることによって、財産の名義や管理方法がどう変わるのかなど、契約の重要な部分とその結果について理解できていることが必要になります。
そのため、場合によっては、
遺言書は作成できても、家族信託は難しい
ということもあります。
家族信託を検討しているのであれば、できるだけ本人の判断能力がしっかりしている段階で相談することをおすすめします。
任意後見契約も「元気なうち」に準備する制度
任意後見契約とは、将来自分の判断能力が低下した場合に備えて、
「誰に自分の財産管理や生活に必要な手続きを任せるのか」
をあらかじめ決めておく制度です。
任意後見契約では、
・将来自分の判断能力が低下する可能性があること
・誰を任意後見人にするのか
・どのような手続きを任せるのか
・任意後見人が何でも自由にできるわけではないこと
・家庭裁判所や任意後見監督人が関与すること
・監督人などの報酬が発生する可能性があること
などを理解したうえで契約する必要があります。
任意後見契約は公正証書によって作成します。
しかし、
「公正証書だから、判断能力が低下してからでも作れる」
というわけではありません。
あくまで、将来判断能力が低下したときのために、判断能力があるうちに準備しておく制度です。
認知症検査は「何点以上なら大丈夫」というものではない
認知症に関する検査として、「長谷川式認知症スケール」や「MMSE」などを聞いたことがある方もいらっしゃると思います。
そこで、
「何点以上なら遺言できますか?」
「何点あれば家族信託できますか?」
と聞かれることがあります。
しかし、結論としては、認知機能検査の点数だけで遺言や契約の有効性が決まるわけではありません。
これらの検査では、記憶力や日時・場所の認識、計算能力、言葉を理解する力などを確認します。
もちろん、本人の状態を知るうえで重要な資料です。
一方、法律上の判断能力では、
「財産を理解しているか」
「契約の意味を理解しているか」
「契約をした結果どうなるのか理解しているか」
「本人自身の意思なのか」
といったことが問題になります。
そのため、認知機能検査の点数が低めでも、比較的単純な内容の遺言を明確に理解できるケースもあれば、点数が比較的高くても、複雑な家族信託や多額の生前贈与の内容を十分に理解できないケースも考えられます。
点数は重要な参考資料の一つですが、
「○点以上なら大丈夫」という一律の基準ではない
と考えていただいた方がよいでしょう。
判断能力が微妙な場合はどうすればいい?
本人の判断能力について専門家が確認しても、
「判断が難しい」
というケースがあります。
その場合には、医師への相談を検討します。
司法書士や弁護士は法律の専門家ですが、医学的な診断を行う専門家ではありません。
必要に応じて医師に現在の認知機能の状態を確認してもらい、診断書などを取得することがあります。
ただし、診断書さえあれば必ず契約が有効になる、ということでもありません。
本人が実際に契約内容を理解していたかという点は、あくまで個別に判断されます。
そのため、判断能力に不安がある場合には、
・本人がなぜ手続きをしたいのか
・誰に財産を渡したいのか
・手続き後の生活をどう考えているのか
など、本人の言葉を記録しておくことも有効です。
場合によっては本人の同意を得たうえで、面談内容を録音・録画することも検討できます。
また、一度の面談だけではなく、複数回面談して意思が一貫しているかを確認することもあります。
日や時間帯によって状態が変わる方の場合は、本人の状態が比較的安定している時間帯に面談することも重要です。
さらに、判断能力に不安がある方の場合、必要以上に複雑な契約にしないことも大切です。
本人の希望を実現できる範囲で、できるだけシンプルな内容にする。
そして、専門用語ばかりで説明するのではなく、本人が理解できる言葉で説明する。
こうした進め方も重要になります。
すでに判断能力を失っている場合は成年後見制度を検討する
一方で、すでに本人が契約内容を理解することが難しい状態になっている場合には、家族信託や生前贈与などを新たに始めることは難しくなります。
その場合に検討するのが成年後見制度です。
成年後見人は、本人に代わって財産管理を行ったり、介護施設への入所契約など、本人の生活に必要な手続きを行ったりすることができます。
ただし、ここで重要なのは、成年後見制度は相続対策を続けるための制度ではないということです。
例えば、
「相続税を減らすために子どもへ生前贈与する」
「将来の相続のために本人の財産を家族へ移す」
といったことを、成年後見人が自由にできるわけではありません。
成年後見制度では、基本的に本人の財産を本人のために守り、使用することが求められます。
そのため、
「判断能力がなくなったら、成年後見人に家族信託や生前贈与を代わりにやってもらえばいい」
と考えることはできません。
認知症対策は「まだ早い」と思うくらいがちょうどいい
認知症と判断能力について、最後に重要なポイントをまとめます。
認知症と診断されたからといって、直ちにすべての手続きができなくなるわけではありません。
反対に、普通に会話ができるからといって、必ず遺言や家族信託、不動産売却ができるとも限りません。
判断能力は、
その人が、その時点で、その手続きの意味と結果を理解できるか
という観点から個別に判断されます。
また、遺言、生前贈与、不動産売却、家族信託など、手続きの内容によって必要となる理解の程度も異なります。
特に家族信託のように内容が複雑な手続きは、判断能力が低下してからでは進めることが難しくなる場合があります。
当事務所でも、
「もう少し早く相談していただけていれば、別の選択肢も考えられたのですが……」
というケースは実際にあります。
相続や認知症対策は、判断能力が低下してから考えるのではなく、ご本人が元気なうちに、ご家族で一度話し合っておくことが大切です。
「まだ家族信託をするほどではないと思う」
「遺言を書くには早いのではないか」
という段階で相談していただいても問題ありません。
むしろ、選択肢が多いのは判断能力がしっかりしている時期です。
司法書士法人さえき事務所では、遺言、家族信託、任意後見、生前対策などについて、ご本人やご家族の状況をお聞きしたうえで、どの方法が適しているのかを一緒に整理しています。
親御さんの判断能力や今後の財産管理について少しでも不安を感じている方は、手続きができなくなってから慌てるのではなく、早めにご相談ください。